第119話 猫の彼女

AEDダンススタジオで知り合った人たちを一人一人思い浮かべていたら、眠れなくなってしまいました。

しかも、翌日になって、まだまだ思い出していなかった人たちがたくさんいたことにも気がついてしまいました。

一緒のクラスで踊ったことのある人、更衣室で話し込んでそのまま一緒に帰った人…。

レッスン前後のほんの短い時間しかお喋りをしていないのに、いろいろなことが思い出されます。

 

バレエをやっていなかったら絶対に出会わなかったような人たちにも出会いました。

 

家庭に恵まれていなかった “彼女” はバレエを心の支えとして育ち、高校卒業とともに上京し、様々なアルバイトをしながらレッスンをしていたようです。

そんなときに私と知り合いました。私がバレエを始めて2、3年の頃です。

 

仔猫のような人懐っこさを持った彼女は、私の懐にスッと飛び込んできた感じでした。

気がつくと、一緒に舞台の上で踊っていました。

 

やがて彼女は、結婚しました。

ダンナ様は料理屋の板前さん、彼女は女将さんとなり、二人で料理屋の3階に居を構えました。全国チェーンの料理屋の、一種の社員寮です。場所は歌舞伎町でした。

 

私も遊びに行ったことがありますが、外の喧騒とは対照的に、中は広々として穏やかで、窓から見下ろすネオン街の眺めは印象的でした。今ではダーティーなイメージばかりになってしまった街ですが、その街を上から見渡したのは、私にとって初めての経験でした。

 

その後、彼女とは離れ離れになり、次に会ったのはAEDダンススタジオの更衣室でした。

10年以上の月日が流れていましたが、その人の目を見た瞬間、私は、彼女の名前を呼んでいました。

私は顔覚えが悪いので全体を見て判断することが多いのですが、上質の肉をたっぷり与えられていた猫のようになっていた彼女、全身を先に見てしまったら分からなかったかもしれません。

 

彼女は、橋田寿賀子のドラマのような人生を歩んできたようですが、バレエは続けていました。もう歌舞伎町には住んでいませんでしたが、生活圏は変わらず、新宿界隈のようでした。

そして、「猫の彼女」という小さな本をプレゼントしてくれました。苦しい生活の中で、迷い込んだ猫との心の交流を描いた、彼女の自伝エッセイでした。彼女もまた、書くことが好きでした。

 

2回くらい会って、また離れ離れになり、それ以降は会っていません。

もしかしたら会っているのに、お互い歳をとって分からなくなっているのかもしれません。

折に触れ思い出すこともありますが、もうスタジオで会うこともない気がします。

 

決して順風満帆とは言えず、要領も良いとは言えない彼女の生き方を思うと、歌舞伎町を、飲食店を、生活の糧とするしかない人たちがコロナ禍により苦境に立たされていることに胸の痛みを感じずにいられません。

 

スタジオには、黙って身体を動かしているだけでは決して気がつかない、様々な人生を背負った人たちが集まってきています。

同窓会や、他の集まりに出たとしても、”彼女” のような人生に出会うことはないでしょう。

そして、彼女たちの話に耳を傾けることで、自分の視野もちょっとずつ開けていく気がします。

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