第6話 "私の" ダンシング・クイーン

私がバレエを始めた頃は、大人のクラスだけでも珍しかったので、レベルを選ぶことなど、もってのほか。私のように右も左もわからずウロウロしている人も、子供の頃からやっていた人も一緒くたでした。
一つ一つの動きの説明もなく、家の近くの図書館で「クラシックバレエ入門」というハードカバーの分厚い本を借りて研究しました。が、やっぱり頼りにしたのは、そこでクラスを受けている人たちでした。 

入門者でも、クラスの中で誰が、(比較的)上手かは分かります。 

2、3回受けて様子が分かってくると、バーでは、同じような初心者と並ばないようにすること、センターでは、上手な人の動きをよく観察すること・・・これが私の「生残り戦略」になりました。 

私が「お手本」としたのは、「ダンシング・クイーン」でした。
いつも左の一番前に場所を取る、細身の美しい人。年は私よりちょっぴり上のようでした。
つややかなストレートのロングヘアを、完璧なシニヨンに結い上げ、レオタードも、背中が大きく開いていたり、胸元がファスナーになっていたり、洗練されていました。
少女漫画だったら、彼女の周りにいつもバラの花が咲いている感じです。 

お話から察するに、保険会社のOLさんで、年に何回かニューヨークに旅行して、バレエを鑑賞し、バレエ用品をたくさん買いつけてくるようでした。
私の目が肥えてくると、彼女もまた大人になってから始めたらしいことも分かってきました。
それが分かるとなおさら、彼女は「美の女神」だけでなく「目標」ともなりました。
青山ヘルシィスタジオにはプロのバレリーナも時々、受けに来ていました。でも、本職のバレリーナを曇らせてしまうくらいのオーラを、彼女は持っていました。
あららら、ちょっとほめすぎたかも(笑)。 

青山ヘルシィスタジオに通っている間、彼女は常に私の前を歩いていました。 

青山ヘルシィスタジオがクローズして、彼女とレッスンを共有することはなくなりました。
折に触れ、彼女はどうしているだろうかと思っていました。そして、4~5年前、根津美術館のそばにある、シック(chic)でコージー(cozy)なスタジオでレッスンを受けたとき、次のクラスに入ってくる人の中に目の大きな女性を見つけ、「!」と思いました。 

実は、私はヒトの顔を認識するのが下手くそで、同窓会に行っても最初のうちは「???」なので、このときも咄嗟にクイーンと確証したわけではなかったのですが、彼女だったと思います。思いたいです。
当時は決して仲良しと言える関係ではなかったクイーンですが、友人の多くがスタジオを去っている中、おそらく50代に達している彼女が今も踊っているという事実は、あの時以上に私をバレエの世界に引き込んでくれました。

 そう、彼女はいつでも私の前にいなければいけないのです。
そして、私も、踊る場は異なっても、彼女が踊っている限り、踊り続けなければいけないのかもしれません。