第37話 数学脳を持った舞姫たち

今までスタジオでお世話になった人たちを思い浮かべていたら、私の周りには、数学脳を持った舞姫たちが複数いることに気がつきました。

第2話、第3話に登場していただいたヴィオレット先生は、Mバレエ団のソリストでありながら、一流大学の数学科を卒業した才女です。ご結婚を機に一線から退かれましたが、可憐で、凛として歯切れの良かった先生の踊りは、今でも脳裏に焼き付いています。

某スタジオの土曜夜クラスで仲良しになったリューコさんは、(私の記憶では)外国の大学の数学科を卒業し、国内外で数学を教え、退職後にバレエを始めました。推定60歳で始めたと思えないほど上手で、ポアントも履きこなしていました。

某スタジオで仲の良かったポンちゃんは、有名私立大学の理工学部を卒業し、大手銀行に就職し、毎日、何億ものお金を動かしていました。大人から始めたバレエもとっても上手で、発表会ではポアントでイタリアンフェッテも披露していました。

2年ほど前、AEDダンススタジオで知り合い、仲良くさせていただいているエリスさんも、アメリカの超有名大学を卒業した超エリートで、ただ今、ポアント特訓中。新元号の大人バレリーナとして、期待の星でもあります。

日本女性の何%くらいが数学脳を授かるのか知りませんが、私の周りにこんなにいるとは…! それも、皆さん、仕事もさることながら、バレエも相当の腕前(脚前?)。数学脳はバレエに有利なのでしょうか?

頭がいいとバレエも上手い?―それはシンプリシティというもの。頭がよければバレエが上手いのだったら、ダンサーのオーディションに筆記試験があってもいいはずです。東京にある、赤い門のある大学にバレエサークルを作れば、日本一上手なはず!? でも、そんな話、聞いたことありません。

彼女たちに共通して(私に)見える像は、目の前に出された課題に真摯に取り組もうとする意志力の強さです。彼女たちは「妥協」しません。だからと言って、髪の毛を振り乱しているわけでもなく、女子力もとっても高いのです。

ダンサーになるために重要な時期と大学受験の時期はほぼ同じ。ヴィオレット先生は、倒れたこともあるほどハードな受験生時代を送ったようです。私たちに教えてくれた姿勢も、子供に教えるのと全く同じ、妥協をしませんでした。先生が "心行くまで" 教えるには120分でも足りないのではないかと思います。

リューコさんとは、土曜夜のレッスンが終わった後、ポアントの自主練習を一緒にしました。今でも彼女を思い出すのは、誰もいなくなったスタジオでバーにつかまって二人でコツコツ、ポアントを履いていたこと。そして、先生と同じ髪型にして満足げな、彼女の笑顔です。

ポンちゃんは、連日の長時間労働にめげず発表会出演。本番前に腰を痛めて辛そうでしたが、鍼をうって頑張り続け、発表会が終わった後、感極まって涙している姿を忘れることができません。いつでも笑顔で苦境を乗り越える強さを持った女性でした。現在子育て中です。

エリスさんとは、バレエのレッスンでご一緒したことは未だないのですが、体力と集中力の持続が半端ないです。おそらく状況が許せば、一晩中レッスンしているかもしれません。今後の活躍に期待しています(発表会には呼んでくださいね)。

数学は難しいです。でも、「難しい」と思って諦めてしまったら、いつまでたっても難しいのです。彼女たちだって凹むことは多かったはず。それでも、出された問題には、おそらく寝食を忘れて挑み、他人の前では何食わぬ顔をしているのではないでしょうか。

加えて、彼女たちには集中力もあります。他の学問は、どちらかというと知識の蓄積で、受験ともなると多く覚えていたもの勝ちです。一方、数学の問題は一期一会。そのとき初めて出会った問題を解かなければなりません。知力、経験も勿論ですが、集中力がなければ太刀打ちできないはず。
さらに、難問は一問解けば終わりというものではありません。不屈の精神も必要でしょう。

そんな力を、おそらく弱冠十代にして身につけた彼女たち。だから、仕事も、バレエも、半端ないレベルなのです。
そういう舞姫たちが次々と私の前に現れては、パワーを与えてくれるのです。