第9話に書いた通り、”強気” でトゥシューズを履いて発表会に出てしまった私でしたが、履き方をきちんと習ったわけではなく、履き心地は決して良いとは言えませんでした。そこに、当時、仲良くしていた人が下北沢にあるバレエ・ショップを教えてくれました。
発表会を終えた後、そのお店に行きました。「トゥシューズください」と言うと、お店にいた女性が「社長」という人を呼びに行き、出てきた「社長」さんは個室に私を誘い入れると、私に “脱ぐように” 言いました。
靴を脱ぐように…と。
個室に2人きりになって始まったのは、社長さんによるトゥシューズの履き方レクチャーでした。社長さんは、私のバレエ歴も何も尋ねず、トゥパッドのはめ方から立ち方まで、30分以上かけて懇切丁寧に教えてくれました。
最近は大人からポアントを履く人のためのクラスもありますが、社長さんほど丁寧に教えてくれるクラスはないのでは?…と、今になっても思います。
そこで売っていたトゥシューズは全て社長さんが作ったものでした。社長さんのレクチャーは誇りに満ち、トゥシューズは私の足に誂えたように馴染みました。私はそれから、社長さんのトゥシューズを履き続けました。
第91話の写真も、社長さんのトゥシューズを履いているはずです。
その後、しばらくポアントを離れ、アラフォーのとき、某スタジオの発表会に出ることになったので、再びあのお店に足を運びました。
お店は変わっていませんでした。
が、トゥシューズの棚は殆どからっぽでした。
社長さんのトゥシューズはユーザーが激増し、生産が間に合わないようでした。たまたま私のサイズが2、3足残っていたので、私はそれを買って帰りました。
その後、いろいろなトゥシューズを試してみましたが、社長さんの作ったものほど足に馴染むものは見つかりませんでした。そして母の介護もあり、トゥシューズと再び別れることになりました。
それから何年かが経ち、梅の咲く里にあるバレエスタジオに通っていたとき、仲良くなった人が「ポアント始めたの」と、嬉しそうに耳打ちしてくれました。
ときは大人バレエ全盛期。大人から始めた人向けのポアントクラスがあちこちに現れている頃でした。彼女の弾んだ声に刺激され、もう一度履いてみようかな…と勇気を出した矢先、普通のレッスンで左足を骨折してしまいました(涙)
骨折は治りましたが、足の骨と一緒に折れた心は未だ元に戻っていません。
最近、下北沢は大きく様変わりして、お店の場所すらわからなくなってしまいました。
あのお店は幻で、社長さんは本当は魔法使いだったんじゃないかと思ってしまうくらいに。
トゥシューズは、大人から始めても憧れであることに変わりありません。社長さんは、そういう女子の夢を影からサポートしてくれていたのです。