第85話  心に残る舞台

バレエを始めた頃は様々な舞台を観に足を運びました。

最近は知り合いが出演する公演や発表会ばかりですが、満足度は落ちていません。

 

組織に属していなくても、外国で、あるいは自国でキャリアを積んできたダンサーたちがオーディションなどで集う舞台はレベルも高く、見応えがあります。日本国民のバレエレベル自体が上がっているので、魅力的な舞台はたくさんあります。昨年末、ある大学のバレエ科の公演を観ましたが、躍動感あふれる、充実した舞台でした。

 

お金をたくさん払って観る “公演” は、舞台装置も衣装も豪華で、細部に至るまで趣向が凝らされ、異次元の世界にいざなわれた気分になりますが、「心に響く」度合いと払った金額とは、比例するとは限らないのです。

「心に残る」踊りと、ダンサーの知名度も関係ないようです。

 

うーんと昔になりますが、某スタジオの発表会で観た「瀕死の白鳥」は、今でも心に残っています。

どういう素性の方かは存じなかったのですが、今の私と同じくらいの年齢だったのではないかと思います。失礼ながら普段はそれほど上手に見えなかったのですが、彼女の「瀕死の白鳥」には圧倒されました。

本当に彼女は舞台の上で息絶えてしまうのではないかと思ったほど。長年の記憶の中で多少は美化されているのかもしれませんが。

 

私が悲壮感を漂わせ、懸命に手をバタつかせたところで失笑をかうのが関の山なので、やはり彼女には技量があったのだと思います。人生経験も豊かだったのかもしれません。でも、あえて難しいテクニックやジャンプ、回転を披露しなくても、人の心に訴えかけられることを、彼女の踊りは印象付けてくれました。

 

その人なりの表現が1ミリでも誰かの心を動かせたら、たった一人でも心に残ることができたら、それこそ「アーティスト」と呼べるのでは…と思います。